仙台高等裁判所秋田支部 昭和35年(う)41号 判決 1960年7月27日
被告人 佐々木市松
主文
原判決を破棄する。
被告人は無罪。
理由
弁護人高橋隆二の控訴趣意は記録に編綴の同弁護人作成名義の控訴趣意書の記載と同一であるので茲に引用する。
所論は要するに本件被告人の所為は正当防衛行為として無罪たるべきものなるに過剰防衛行為と認定した原判決には理由齟齬の違法ありというに帰するので検討を加える。
原判決挙示の証拠を綜合すれば原判示事実は優に認めることが出来るのみでなく被告人の行為には刑法第三六条の正当防禦行為としての要件を完備しているものと確認しうるところである、しかし右はその防衛の程度を超えているか否につき按ずるに被害者茂木清治は被告人との間に水利権をめぐる訴訟事件が自己に不利になりつゝあることから日頃より被告人を憎んでいたこと、被告人は齢六五年の老人であるに対し、清治は四三年の壮年者で体躯頑丈の者であり且つ同部落内において数回に亘り暴行傷害事件を起し被告人、その嫁被告人の息等清治に暴行を加えられたこともあつて同人の性極めて粗暴であること、被告人は本件において清治の急迫不正の手拳による侵害行為に対し履いていた下駄を脱いで反撃したが直に同人のため路上に組伏せられたものであつて被告人の反撃により清治に傷害を蒙らしめた訳でもないこと等記録により確認しうる事実を具さに考究すれば被告人の行為は喧嘩斗争の行為でなく且つ正当防衛の程度を超えたいわゆる超過防衛行為と認めることは出来ない。
されば被告人の本件行為につき刑法第三六条第一項の適用を排斥して超過防衛を認定した原判決は結局事実を誤認し法令の適用を誤り判決に影響を及ぼすこと明らかな違法を来したものというべきであるから原判決は破棄を免れない。論旨は理由がある。
なお被害者茂木清治は先ず被告人より下駄で殴打暴行された旨述べておるも当裁判所はその点に関する供述部分は措信しないところであり、他に該事実を認めるに足る資料はない。但し右行為当時被害者は子供を連行していた事実は窺うに足りるが同人が被告人に暴行した事実を否定する根拠となすに足りない。
(その余の判決理由は省略する。)
(裁判官 松村美佐男 小友末知 石橋浩二)